あたりまえの存在

「ありふれた奇跡 8話」を見てて思いました。家族って、やっかいな存在。当人たちの気持ちを差し置いてどんどん話をややこしくしてる姿にこの人たちは、いったいなんなんだろうと。自分の都合でばかりモノゴトを考え進め、他人はどうでもいいというエゴや自己と自己のぶつかりあいばかり・・・・・・。でも、そう思う反面、憎たらしいことを言ってのける加奈の父だって娘のことを思うよくある父の姿だと思うし、女装して登場した翔太の父には笑い転げたけど、息子のことを心配している姿。それぞれの家族がそれぞれの家族を心配する様子をみてると、見守って気遣ってくれる存在がいるということ、普段、あたりまえだと思っている家族って口うるさくてわずらわしい時もあるけど、実はとてもありがたい存在なのかもしれないのかなぁ・・・と。

それにしても、ドラマのほうは、当人たちにまかせておいていいんじゃないの?って思いますけどね。



8話で、加奈が、家族に自分のことを告白する場面がありました。

母親だけに話そうと思っていたのに父も部屋から出てきて、おばあちゃんまで部屋から出てきて、加奈は「おばあちゃん、ごめん。おばあちゃんには知られたくなかった」と泣いてしまった場面や、その後の八千草薫さん演じるおばあちゃんの加奈を心配する様子を見てて、私は、自分の祖母を思い出してました。いえ、祖母が八千草薫さんみたい・・とかそういうことでは全然無いんです。ドラマの中のおばあちゃんのイメージが、祖母を思い出すきっかけになったというか、そんな感じ。





私はおばあちゃんっ子でした。

小さい頃、まだ自分の部屋なんかなかった私は祖父母の部屋でおばあちゃんの脇に布団を敷いて枕を並べて寝起きしてて、おばあちゃんの手の甲をさすりながら寝る子どもでした。おばあちゃんの手がやわらかく気持ちよくて安心出来たんですよね。余談だけど、私の手フェチの原点はここかもしれない。(笑)

成長していく過程で、そういうことはいつのまにかしなくなったけど、中学に入る頃に自分ひとりの部屋を持てるまで、寝起きはおばあちゃんといっしょでした。


東京郊外に伯母(父の妹)の家があり、学校が休みの時、祖母に連れて行ってもらうことも多く・・というか、だいたい、私は祖母にくっついていたから、必然的にくっついて歩いていたんだけど、新幹線などない時代、特急電車に揺られ、時には急行に乗り、それからバスで叔母の家まで。子供にとっては遠出で強行軍だったと思うけど、そんなことは苦にならないくらい、祖母と出歩くのが好きでした。

幼稚園のころ、皮膚の炎症を起こした私は3ヶ月くらい週2回、バスで1時間かけて大きい病院の皮膚科に通ってた時期がありました。仕事を持っていた母ではなく祖母に付き添われて行くその病院で寝かせられてじっとしたまま赤外線治療を受け、治療を済ませ病院帰りに駅前のデパートに寄り、地下の食料品売り場の一角にあったお店で生ジュースを飲むのが唯一の楽しみだったんです。すると、帰りのバスで、飲んだ生ジュースのせいなのかどうか、必ずバス酔いをして、祖母によりかかり眠りながらの家路でした。だけど、家に着くころには、バス酔いはなんのその。けろっとしてすっかり元気になり夕方のテレビを見ながら仕事から帰宅した母の作る夕飯を待っていたりして。



祖母と祖父との出会いはお見合いで、お見合いの席ではじめて生涯の伴侶となる祖父にあい、そのとき「自分はこの人のお嫁さんになるのか」と思ったんだそう。

「おじいちゃんへの最初の印象ってどんなだったの?」と昔、祖母に聞いたことがあります。

「おとなしくて、あまりしゃべらない人・・・と思ったのが最初。」と笑顔で話してくれたことを覚えています。

昔々は、そうですよね。男女の出会いはお見合いがあたりまえ。女性の場合は特に、出会いって決められたもの。そして家族を作っていく。そうやって、生きていった時代。


だから、「ありふれた奇跡 8話」で、翔太のおじいちゃんの翔太への思いや、家を大切にしたいって気持ち、人をつないでいきたいという思い、戦争で家族が引き裂かれるという不幸を体験してきた人間にとっては自分が生きてきた証を残したいと願うことって、あたりまえの考えなのかもしれません。今の時代には家重視の考えはなかなか受け入れられないんじゃないかと思ったりするけど、ドラマを見てて、おじいちゃん、おばあちゃんのそれぞれの孫に対する思いが、深いなぁと感じながら、祖母を思い出し、自分の祖母は、どんな思いで生きていたんだろう・・なんてことをちらっと思ったのでした。




祖母は手に職も持っていました。婦人服を仕立てる仕事。洋裁学校に通って覚えたものではなく、自己流で覚えた技術で、既製の婦人服を買ってきてそれをほどいて、また再生してみるということをして、作るということを覚えていったらしいです。針仕事をする祖母の傍らで、宿題をしたりマンガを読む自分の子供時代の姿を今でも時々夢に見ます。

祖父が他界してからは、祖母は自分の時間にいそしむことが多くなりました。ひとりで旅行に行くことも多かったけど、友人たちと出かけたり、近所のボーイフレンドたちとのゲートボール、そして、有志が集まって自宅で開いていた趣味の民謡教室。自分で楽しみを見つけ励んでいる姿がそこにはありました。実家には、世間でよくいわれる嫁姑の問題もなかったわけではなく、母から言わせると好きなことに興じる祖母の姿が、気ままで自分勝手にうつり、それが母にとってはグチをいう原因になっていたのかもしれないけど、私は、時に行動力があり、いつも前向きにものごとにあたる祖母が好きでした。祖母は、しゃんとして生きていた人という印象があり、私は祖母のような生き方をしたいと思います。..................あれ、作文?(笑)

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テーマ : テレビドラマ
ジャンル : テレビ・ラジオ

tag : ドラマ ありふれた奇跡

仕事の話

明日から、またしばらく忙しくなるので、今日は3つ目書いちゃいます。


昨日は、採寸でした。

採寸はカーテンで仕切られたフィッティングルームに

ひとりひとり入ってもらいおこないます。

体型に合わせたシャツとズボンを渡し、「着替えてください」と声をかけ

カーテンを閉めます。

けれど、カーテンはいつまでたっても開きません。


そろそろいいかな?と思う頃、

「どうですか?」と声をかけ、「はい」と返事をかえしてくれるので

ようやくこちらが開けると

着替えはすでにおわり、突っ立ったままでいる子が多いんです。

自分からアクションを起こさない男の子、待つ男の子、

母親が手をかけることが多いからなのでしょうか?

自分から行動しない子、

どうしていいか分からない子。

年々、こういう男の子が増えてきている気がします。


聞いた話では、

大学受験のとき、大学に父兄控え室という部屋を用意する大学が増えてきているらしいです。

子どもが試験を受けている間、付き添った親が待つ部屋があるんだとか。


私が、昨年息子の受験に付き添った時は、駅で見送りはしたけれど、

もし、学校にそういう場所があったとしても

そんなことは出来ないし、息子は嫌がるだろうな。

いろいろと時代も変化しているようで、でも、子どもを育てることは、いつの時代も大変で、

昨日も、採寸に付き添いで来られたお母さんたちは、4月からの我が子の姿に思いを馳せているようで

そんな親子と関われる私の仕事は、苦労も多いけど、やりがいはあるのかもしれないと思ったのでした。





でも、ひとことだけ・・・・・・・・・・・・・連休が欲しい。

ありふれた奇跡7話を見て(深読みの巻)

録画してた7話、やっと見ることができました。

加奈父が翔太を見下し、言葉でやりこめる場面は、先の尖った言葉の槍が防具を持ってない翔太にこれでもか・・というくらいに突き刺さっていくのがわかり、じっと耐えてる翔太がかわいそうでした。加奈父の物言いは、加奈に対する親としての愛情がそうさせてるんだろうけど、一番根底にある思いは、自分の女装の趣味がばれない様にということではないでしょうかね~。娘が女装クラブで知り合った男の息子と付き合っていることを知り、どこから自分のことがばれるかもしれないという思い。必死に隠さなくては・・付き合いをやめさせなければという思いが、あれほどのことを言ってしまう結果になったんではないのかなぁ・・と思いました。

そして、翔太のことをいろいろ調べた・・というけれど、

私は、興信所ではなく、女装クラブでしのぶさん(翔太父)が話すのを聞いてたんじゃないかと思ったんです。前に、田崎重夫…風間杜夫と、中城朋也…岸部一徳のふたりが初めて喫茶店で会った時、話すのは初めてだといったのは、ほんとだろうと思うんです。けれど、女装クラブでメイクをしてもらってるときカーテン越しで脇で話す翔太父の会話をシルバーナさんは聞いていたんじゃないだろうか・・と。だって、しのぶさんっておしゃべりみたいだし。「うちの息子がね~・・・」とか言いながらメイクしてたりしてないでしょうかね~。深読みでしょうか。。。。


それにしても、この部分だけをみても、リアルすぎる人間のいやな部分を見せられて、言葉が出ません。

加奈のおばあちゃんにしたって、加奈母にしたって、人間は、自分で見たまま、感じた印象でしか、他人を見ることが出来ないということのあらわれ。見たままで人を決め付ける姿。そして、これは、悲しいけど、よくある人間の姿だと思います。


加奈は、「結婚はしない」宣言をし、翔太を自分の人生に巻き込みたくないといいます。自分は子どもを産めないという負い目が、そういう気持ちにさせているんだろうけど、でも、まだわからないところがある加奈の心の奥。

子どもがいれば、・・・といった話のあとでのふたりの会話(メモしてみました)笑

「そんなものはいらないよ!」

「私がおさまらないの!

 どうして、そんなに、さっぱりいらないなんて言えるのか・・。」

「俺は赤ん坊が欲しいんじゃない。加奈さんがいればいい。」

「そんなこと簡単に言えるのが違うの。」

「おばあさんに訂正するよ。子供がいっぱい欲しい、でも出来なかった。

 それなら、どこにでもある話で。」

「ずっとずっとごまかせって言うの?」

「そう。」

「赤ちゃんはまだ?いつ?どうしたの?って言われながら?」

「そう。それで済む事を、俺がバカなことを言って。」

「それで自分は済むと思っているの?」

「いけないかな。」

「人の気持ちは、そんなに簡単じゃない。」

「俺はそれで通して、ずっとやっていけるよ。」

「だめ。」

「どうして?」

「軽く言わないで。」

「軽くなんか言ってない。」


「血でも吐いて言わなきゃいけない?」

「そう。......私がそうだから。

 私が.................そうだったから。」



「結婚なんか・・しない。」


「しない。」

加奈の心の暗闇は、まだそうとう、深い気がします。1話で一瞬だけ出てきた男性の存在が思い出されます。


一方、藤本が加奈に運んできた加奈にとっては思いもかけなかった「養子縁組」というシステム。新しい波紋を投げかけることになってしまいました。藤本にとっても秘かに思い描いてるところがあるような未来の姿。まずは、中城家、田崎家を巻き込んでどうなるんでしょうか。


そうそう・・・7話で可笑しかったのが定食屋の壁に貼られてあった

「エレファントビール」

「○リンビール」に対抗してるんでしょうか。(笑)



加奈母は、過去を捨て去ることで前に進むことを選んだようです。女は強いということなんでしょうか?

いろいろなことが折り返し地点に思えた7話、そして、いろいろと深読みしてしまった7話でした。


加瀬亮がいいなぁ。始まった当初より、どんどんこの役者が好きになってます。関係ないけど、仕事が落ち着いたら、もう一度、「それでも僕はやってない」借りてきて、じっくり見ようと思います。

tag : ドラマ ありふれた奇跡

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