書棚でみつけた使い込まれた古いノート

少し前、お正月を過ぎた頃のこと、実家に行った際、仏壇のある部屋で書棚を眺めていました。その書棚は、生前、父が実家を建て替えた時に購入した床から天井まであるスライド式の書棚で、父が好んで集めていた文学全集や、誰かに勧められて購入した百科事典や、家族それぞれが読んでいた本や、私が学生の頃に買って読み漁ったハードカバーの本や当時、好きな作家の文庫本なども棚にはそのまま並べられていて、「何か読み返したい本はあるかなー」と思い、それらの本の整理もかねて、その日は書棚を探っていました。南に面する仏壇のあるその部屋は、8畳の和室になっていて母が年末に張り替えたという真新しい障子戸が直射日光をさえぎってくれて、落ち着ける場所。私が実家に行くと、つい長居をしてしまうところでもあるんですが。


この日は、時間もあったし、ゆったりした気持ちになっていろいろな本の背表紙を眺めていました。父の購入した本の中には、昭和の時代の経済に関する本や、自己啓発に関する本、松下塾の本なんかもあって、とてもきれいな状態であったので、「これ、お父さんは読んでたのかなー?」なんて思って手にとってみていたら、本と本の間に挟まっていた一冊のノートをみつけました。ほかに並んだ本とは違い、表面が黄色く変色した使い込まれたとすぐにわかる古いノートでした。そのノートを手に取り開いてみると、なつかしい文体で書かれた手書きの文字であふれていました。一ページ、一ページにちょっとくせのある筆圧も特徴的な、でも、すぐにそれとわかる文体で埋め尽くされた黒いペンで書かれた文字。そこに書かれている内容は、雇用契約書、借金の返済に関する証明書、返済遅延のお詫び文などの控えや、記録。それらは父の書いたものでした。

 当時、私はまだ子どもで、祖父が社長で、父が専務という立場で、おそらく父がそういったことに携わっていたことは分かっていたけど、そのノートに書かれていた細々した出来事の記録に見入ってしまい書棚の整理も忘れ、私は、そのノートから離れられなくなってしまいました。なつかしい文字を指でなぞってみると、なつかしさがこみ上げてきて、祖父と父がまだ、そこにいるかのような気持ちになったり、そして祖父や父の計り知れない苦労を何十年もたって知った思いで、胸がいっぱいになりました。

今、ほとんどの文字は、この文章のようにパソコンで打ってしまいます。メールがあるから手紙さえも送ることは少なくなって、知り合いとは年賀状の中に、さりげなく短い文章でもってその近況を教えあう程度です。今のような、こんな状況を嘆くわけではないけど、手書きの文字っていいものだと久しぶりに思った出来事でした。亡き父の文字だから、余計にそう思ったのかもしれませんが。
「字は体をあらわす」と、最近はあまり言われなくなってきた気がしますが、自分の手がつくりだす文字は大切にしていこうと思いました。



関連記事
スポンサーサイト

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

tag : ひとりごと

書いてるひと

te_mi

Author:te_mi


「人生、あとどれくらい?」
「さて、さて、どれくらいでしょうね?」

そんなことを思う主婦のブログ



follow us in feedly

☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リンク



☆このブログをリンクに追加する

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最近の記事
カテゴリ
月別アーカイブ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ