東北地方太平洋沖地震

「東北地方太平洋沖地震」
これが今回の地震の正式名称らしいです。マグニチュードは9.0と今日になって改定されました。以下、個人的な記録です。
私の住むところは震度6弱でした。だけど、これまで経験したことの無い長い揺れは、本当に恐ろしくて、デスクのPCが倒れないように手でおさえることしか出来ませんでした。そうしながら仕事場の窓から外を見てみると普段、通勤に通っている道路が見えるのですが一部、土砂崩れの様子が見えて、大きな木が倒れていく様にとても怖くなり、そのころ、社内は突然、すべての電源が遮断して停電。ケータイで家にいる息子にすぐ電話をして無事を確認、それから急いで家に戻りました。家の中は本棚の本やCDや、DVDなどが床に散乱している程度で、息子の顔を見るとホッとしました。それから、何度も続く余震に怖かったけど、やはり、家のほうも停電していて、ずっと使うことの無かったラジオを出したり電池を揃えたり、それから、ろうそくを仏壇の引き出しから拝借したり、そうしてる間にダンナさんも仕事場から戻ってきたので一安心。暗くなる前に・・と簡単に夕飯の準備をしてラジオを聴きながらろうそくの灯りの元、過ごしました。その日の夜は余震が何度も続いて、眠れない夜を過ごし、ケータイは繋がらないし遠くにいる息子たちの状況は分からないし、友人や知り合いにも連絡が取れず、本当に不安な夜でした。
次の日(12日)になっても、停電は続きました。朝、ケータイで通話だけは出来るようになったので、すぐ息子に電話をかけてお互いの無事を知らせあい、安心。その後もラジオはずっと聴いてて、大津波の様子やあちらこちらで甚大な被害が出ていることを知り日本はどうなってしまうんだろう・・・という不安な思いでいっぱいでした。私の住むところは比較的、新しい住宅地のため、水道水の確保と、ガスが確保出来ていたのが幸い。日中はお隣やご近所さんたちと話し合ったり。
午後になると、メールの送受信が5,6回に1度の割合くらいで、少しずつ出来るようになってきて、ようやく友人と連絡を取り合うことも出来ました。
そして、2晩目の電気の無い夜。原発事故を伝えるラジオからの憂慮するニュースに、やはり気持ちは落ち着かず不安な思いで、なかなか寝付けない夜でした。
そして、今日(13日)早朝に電気が復旧。テレビをつけると地震の特別番組をやっていて、ラジオで聴いていた各地の地震関連の初めて見る映像に、大津波の様子に、信じられないガレキの山に、ニュースが伝える悲惨な映像に言葉が出ませんでした。そんななか、会えずにいた家族の再会の様子や安否が分かったひとたちの映像に泣きそうになったり、ホッとしたり。
その後、買えるかどうかはわからなかったけど、とりあえずスーパーに買出しに行きました。スーパーは時間限定ながら営業していて、我が家と同じく思う人たちが多数いたようで、スーパーの中は大混雑。レジには長蛇の列。その後、家に戻ったあと、私はようやく家の中の散乱してたモノの片付けをする気になり・・・・。ダンナさんは、その間、ガソリンスタンドに向かいましたが、あちこち閉店するなかようやく営業していたGSは、やはりガソリンを買い求めるクルマの長蛇の列が出来ていて、そしてようやく10ℓ限定でガソリンを購入出来たとかで、帰宅しました。
その後は、やはりテレビを見ていましたが、何度も行ったことのある賑わいのあった海沿いの街の変わり果てた姿に、一日も早い復興を願う気持ちになったり、明日からのことを思ったり。それにしても、自然の猛威というものは本当に恐ろしいものです。地震に対する備えは常にしておくべきだということを今回の件で改めて感じるものでした。そして、微力と分かっていても自分が出来ることをしなくてはいけませんよね。まずは、節電。それから希望を持っていかねば・・と思ってます。

被災に遭われた方々へ心よりお見舞い申し上げます。




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