訃報、スーちゃん

今朝、言葉を失った訃報でした。そして、乳がんだったということを知りショックでした。

最近は、女優としての印象のほうが大きくて、お母さん役を好演してましたね。
昨年の10月に放送のNHKドラマ「てのひらのメモ」が思い出されます。
田中好子さんは、補充裁判員役を演じ、子供を放置して死なせた母親の罪を裁く立場で
主婦と母として心の葛藤をも描く見応えのあるドラマでした。
これが遺作になってしまったんですね。
あのときの田中好子さんの存在感のある演技が、忘れられません。

それに、ずっと前は、キャンディーズを聴いていたので悲しい限り。
スーちゃんは、最初センターで歌っていたんですよね。笑顔が愛らしくて歌が上手でした。
「年下の男の子」から、センターは、ランちゃんに変わって、スーちゃんはコーラスに。
私は、スーちゃんが一番好きだったから、なんで脇に移ったの?って
当時、ちょっと不満に思ってた。


いい年の取り方をされてるなーと思っていたのに。


まだ55才。早すぎます。

スーちゃん、たくさん楽しませてくれてありがとう。
ご冥福を心からお祈りします。



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「キャンディーズ」スーちゃん、55歳で乳がん死…田中好子さん、闘病19年
http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20110422-OHT1T00024.htm

1970年代に一世を風靡(ふうび)した人気アイドルグループ「キャンディーズ」の元メンバーで女優の田中好子(本名・小達好子)さんが21日、乳がんのため、都内の病院で亡くなった。55歳だった。92年に発症し、昨年10月から体調を崩して入院していたが、この日、午後7時4分に息を引き取った。「スーちゃん」の愛称で親しまれ、78年の解散後は女優として活躍。1989年には主演映画「黒い雨」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、報知映画賞主演女優賞を受賞するなど演技派として幅広く活躍した。

 午後10時半から都内の病院で会見した夫で元プロゴルファーの小達一雄さん(56)=夏目雅子ひまわり基金代表=は涙を見せず、気丈に妻の最期を語った。

 田中さんは1992年に乳がんを発症、手術で左乳房の腫瘍を切除した。小達さんの妹で女優の故・夏目雅子さんが白血病で亡くなっていたため、年に3、4回は定期健診を受けており、転移した右乳房の腫瘍も切除するなど再発を繰り返したが、命に別条はなかった。

 ところが昨年10月。十二指腸から出血があり入院。今年2月、肺や肝臓にがんが転移していることが分かった。「転移していることは本人は知っていた。非常に強かったです。切に望んでいたのは、女優を続けたいということ。女優の仕事が大好きだった」と小達さん。この時期、いったんは家に戻り、2週間、自宅で過ごすこともできた。


報道陣に思い出を語った夫の小達一雄さん
 体調が急変したのはこの日の朝。「おはよう」と夫が声を掛けても返事がなかった。最期は家族にみとられながら息を引き取ったという。妻との最後の会話について、小達さんは「もう少し(心に)しまっておきます。本人は根治できると実証してきたので、すまないという気持ちを持っているのではないでしょうか」と唇をかんだ。

 田中さんは1969年、スクールメイツのメンバーに選抜され、芸能界への道を歩み始めた。72年、NHK「歌謡グランドショー」のマスコットガールのオーディションに伊藤蘭(56)、藤村美樹(55)と合格。「キャンディーズ」を結成した。TBS系の人気番組「8時だョ!全員集合」などに出演し、73年9月、満を持して「あなたに夢中」でレコードデビュー。「年下の男の子」、「微笑がえし」などヒット曲を連発。バラエティー番組でも愛嬌(あいきょう)のあるコントを披露し、幅広い世代から人気を集めた。

 絶頂期の77年7月17日、日比谷野外音楽堂でのコンサートの最後に突然、「普通の女の子に戻りたい」と解散を宣言。翌年4月4日、後楽園球場に5万5000人を集めて解散コンサートを行い、「本当に私たちは幸せでした」の名文句を残し、グループとして終止符を打った。この日、旧友の訃報を知らされた「ランちゃん」こと伊藤は、ひどくショックを受けたという。

 田中さんはいったん芸能界を引退したが、病気で入院した実弟が姉の活躍を期待する声を聞いて復帰を考え始めたという。また、萩本欽一の著書「欽ちゃんのつんのめり」を読み、本人とも会って女優を目指すことを決意。80年7月、テレ朝系「欽ちゃんのどこまでやるの!?」で正式復帰した。広島への原爆投下に翻弄される人間模様を描いた井伏鱒二原作の映画「黒い雨」(今村昌平監督)で主人公・高丸矢須子を演じ、各映画賞で主演女優賞を獲得。また、日本テレビ系のドラマ「家なき子」(94年)で安達祐実、NHK連続テレビ小説「ちゅらさん」(01年)では国仲涼子の母親役で好評を得た。

 プライベートでは91年に小達さんと結婚した。通夜は24日、告別式は25日で時間と場所は未定。喪主は夫が務める。

 ◆田中 好子(たなか・よしこ)1956年4月8日、東京・足立区生まれ。キャンディーズでは初期のメーンボーカルを担当。同時期にデビューしたピンク・レディーと人気を二分した。78年の解散後、80年に女優に転身。女優業と並行し、医療活動の推進にも尽力。厚生省の公衆衛生審議会委員、国立国際医療センター顧問、エイズ予防財団・日本エイズストップ基金運営委員などを務めた。趣味は墨彩画で2003年から片岡鶴太郎に師事。

 ◆病室から最後のナレーション ○…田中さんは現在、放送されているフジテレビ系の紀行番組「森のささやき」のナレーションを担当している。最後の収録となった3月7日は病室からの録音だったという。その後、「体調を崩したので1回お休みを頂きたい」と連絡があり、同29日の収録を休んでいた。

 ◆公私ともに親交深かった国仲涼子、悲痛 ○…NHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」(01年)で親子役で共演した女優・国仲涼子(31)は、田中さんの訃報にショックを受け、関係者によると話せる状況にないという。ドラマ終了後も韓国旅行に行ったり、鍋パーティーをしたりと親交が続いた。昨年7月放送のフジ系「森のささやきに包まれて~田中好子と国仲涼子が歩く尾瀬~」で尾瀬を旅するなど、プライベートでも“母子”だった。

[2011/4/22-06:05 スポーツ報知]



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