今、また仮面ライダー555

CSでの再放送を見始めてまして、
改めて、そのおもしろさにはまっています。
最初の放送は2003年(平成15年)1月から2004年(平成16年)1月。
それまでのヒーロー物と違って、
「怪人」(555の世界ではオルフェノク)側にも「正しい心」を持つ者がいるという描き方に
当時、興味が向きました。
1話ごとのストーリーには強引な展開もあったけど、
でも、それ以上に人間を描く群像劇として面白く見てました。

ちょうど、7、8話を見まして、
以前、リアルタイムで見たときも、このあたりで話の中身に惹きこまれたなーと思ったので
そんなことを思い出しながら、また見てました。

555のストーリーには、キーワードとして「夢」があげられるんですが

555に変身することになった乾巧が物語に登場してきたときは、
あてもなく旅を続けている青年と描かれます。
そして、真理や、啓太郎に出会って。

だけど、それぞれに自分自身の夢を語る真理や啓太郎に対して、
巧は「夢が無い」人間として描かれてます。
いつも、自己中心的で、他人の気持ちなんか考えないし、
人に優しくされると、どうしていいかわからず、嫌悪してしまう。
ずっと、話が進んでいくと、
そういう態度は、巧自身がオルフェノクであるという事から・・・
なんだろうなーと分かるんですが。
ヒーローでありながら怪人に覚醒してしまうかもしれないという恐怖とか、
人間でなくなってしまうという恐れ、
そのために巧は「夢」を持つ資格がないと思ってしまってる。
だけど、巧は真理や啓太郎、木場などと交流するうちに、
555としての戦いを重ねるうちに、守るべきものを見つけ、
彼自身の夢を持つようになっていくんですね。

ちょうど、8話で乾巧と木場勇治がそれぞれに
全然、別の場面で「夢」について語る台詞があるんですが、

こんなセリフです。


巧 「おい、知っているか。夢を持つとな、時々すっごい切なくなるが、
時々すっごく熱くなる、らしいぜ。俺には夢はない。だけどな夢を守ることはできる」



木場 「知っているかな、夢っていうのは呪いと同じなんだ。
途中で挫折した者は、ずっと呪われたまま、らしい。あなたの罪は重い」



夢を持つことが無かった巧
夢を失ってしまった木場
それぞれの夢についての思いを、それぞれが口にして
その後の2人の進む方向を示しているような、
いい場面。。。なんです。


しばらくの間、また、楽しめそうです。








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